「父の詫び状」(向田邦子)

エッセイというよりは私小説を読んでいるような

「父の詫び状」(向田邦子)文春文庫

今、巷には
たくさんのエッセイが並んでいます。
タレント、モデル、
スポーツ選手、学者、…。
そのほとんどが
つまらないものばかりです。
店頭でページをめくっては
棚に戻すことの繰り返し。
やはり本書を超えるエッセイなど、
そうそうあるものではないのだと
感じています。

全24編。
気が向いたときに
気が向いた一編を読んでいます。
今日読んだのは「お辞儀」でした。

この向田邦子のエッセイの素晴らしさは
何よりもまず展開の巧みさです。
世間話のような
さりげない書き出しから始まり、
いくつかの関連のなさそうな想い出が
取り上げられたかと思うと、
それが最後には一つのテーマに
集約していきます。
その展開の実に滑らかなこと。
エッセイというよりは
私小説を読んでいるような
錯覚を起こします。

「お辞儀」にしても、
留守番電話から始まり、
黒柳徹子の一人九連続留守電録音の
小話で盛り上げたかと思うと、
父親からの無愛想な
電話メッセージへと繋がります。
初老の名も知らない方からの応答から
お辞儀のきれいな人を想像し、
生前の母親のお辞儀を想い出します。
最後には子ども時代に見た
父親のお辞儀を思い起こし、
父親の威厳とその悲しさに
思いをはせていくのです。

「高等小学校卒業の学力で
 給仕から入って
 誰の引き立てもなしに
 会社始まって以来といわれる
 昇進をした
 理由を見たように思った。
 私たちに見せないところで、
 父はこの姿で戦ってきたのだ。
 父だけ夜のおかずが
 一品多いことも、
 八つ当たりの感じで飛んできた
 拳骨をも許そうと思った。」

全編が最後はこうした父親の姿に
結ばれていきます。

「友達のような父親」が流行する昨今、
本書には昭和の時代の父、
家族に向かっては空威張りしている父、
何かに向かって戦い続けている
父の姿が鮮やかに描かれています。
そんな父を
しっかり立てている娘である筆者。
あたたかい父娘の関係が
ありありと見えます。

この一編の一節。
「母の乗っている飛行機が
 ゆっくりと滑走路で
 向きを変え始めた。
 「どうか落ちないで下さい。
 どうしても落ちるのだったら
 帰りにしてください」と
 祈りたい気持ちになった。」

本書執筆後の筆者の運命を考えるとき、
何とも悲しくなる一節です。

(2020.4.24)

PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

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